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スタッフプロフィール
院長紹介

こんにちは。こころ整骨院新宿院院長の高橋優治です。「優」しく「治」療すると書き、優治です。親からもらったこの名前ですが、まさに今の自分にピッタリ!この職業、この治療法に行きつくのは生まれてからの運命だったのでは…そんなことを思ってしまうほどです。
誕生

東京都練馬区の大泉で産まれました。それからずっと大泉に住み、大泉で育つ、根っからの大泉っ子です!小さいころから顔が真ん丸で、今でもそれは変わっていません(笑)身体は強く大きな病気もすることなく、元気に育っていきました。しかし、怪我はよくしていました…。

小学生の時に鬼ごっこをしていて、マンションの階段の一番上から飛び降り、着地時にグニャとやったり…。考えるだけでも痛そうですね(汗)足の捻挫は小さい頃からよくやっていました。
中学生

中学に入るとバスケ部に入りました。ちょうど漫画の「スラムダンク」が流行っていた頃で、それに憧れて…(笑)しかし、バスケ部は思っていたほど甘くはなく、キツイキツイ(汗)夏休みなどは、ほとんど休みもなく朝から夜まで部活漬けの日々でした。中学の思い出というと部活の事しか思い出せないぐらいに力を注ぎました。
その激しい部活で怪我も多く、突き指は当たり前で、足首を捻挫したりや膝を痛めたりと、散々身体を痛めました。怪我をしてよく行っていたのが、接骨院でした。その頃は全然意識していなかったのですが、包帯を巻いてくれたり色々とアドバイスをくれる先生に憧れていたのかもしれません。
高校生

高校ではバレー部に入部しました。創設したばかりだったため、持ち前の運動神経で?なんとかついていけました(笑)バレーといえば、ジャンプしてスパイクですよね!ジャンプ力だけは人一倍あったので、必死で頑張っていたら、膝を痛め、スパイクで肩を痛め…。

身体はボロボロでしたね。肩、膝を冷やしながらやっていたのをよく覚えています。その頃も中学から引き続き接骨院に通い、お世話になっていました。
専門学校

スポーツに関わりたいのと、接骨院に通い良くしてもらった思いがあり、接骨院の先生になるべく東京医学柔整専門学校に入学。東京福祉大も併設しており、通信制に通い一緒に卒業できるというのを聞き4年間通いました。
最初は初めて聞く言葉ばかりで、これ何語?なんて思いながら必死に勉強(笑)大学の方のレポートやスクーリング試験などもあり、とても忙しかったです。運動ばかりやっていたせいか、お世辞にも頭が良いとは言えませんでしたが、単位を落とすこともなく、国家試験も一発で合格し無事に卒業。
オーナーとの出会い
学生時代の通勤が大変だった為、とにかく近くが良い!との理由だけで、地元の駅前にある接骨院で勤めることに。そこで当院のオーナーである熊谷先生との出会いがありました。仕事後に身体を貸してと言われ、院長と話しながら治療をしていく熊谷先生。何をされているのかわからないまま、変化していく身体に、とにかく驚いていました。
それなので患者さんが何をやっているんだろ…という気持ちはよくわかります(笑)何をされたのか気になりそこで初めてカイロプラクティック(SOT)だと知りました。
その後熊谷先生に相談し、カイロプラクティックの学校に通うことを決断。この頃から勉強会を始めたんですよね。最初は2人だけで…なんてこともありましたが、そう考えると勉強会の人数も増えたものです。
再び学生へ

学校でカイロプラクティックの基礎からビッチリと学びました。そこで初めて勉強が楽しいと思えるようになりました。今まで知らなかった事を知るという楽しさから今まで一番勉強したのではないかと思います。休みの日もセミナーなどに通い続け、その基礎が今とても役に立っています。
カイロプラクティックの学校に通っているときは違う接骨院に勤め、そこでトリガーポイントを学びました。これが今の私マッサージの基礎になっています。思い返してみても、学生時代の2年間は非常に濃いものでしたね。
現在
その後こころ整骨院に入り熊谷先生と再び一緒に仕事を!そして2010年11月1日、新宿院の院長に。あれよあれよという間に院長になっていました…(笑)これからも常に勉強をし続け患者さんの還元できるよう、頑張っていきたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
趣味
○サッカー観戦

特に横浜Fマリノスの試合をよく観にいきます。というかそれしか行きません…(笑)しかし、横浜って遠いんですよね。最近はなかなか行く時間が合わず、サッカーニュースを見て悶々としている日々です。
○ゴルフ

こころ整骨院に入り、また始めました。下手ですけど…。これから少しずつ上手くなる予定です!!上達法を教えてください!
○飲み食い

食べるの大好き!新宿で美味しいお店を教えてくださ~い♪お酒はビール好きです。飲みに行ってずっとビール飲んでいることも…。一時期、毎晩お酒を飲んでたら、体重がとんでもなく増えたため、現在は自粛中です(笑)
○音楽
岩瀬敬吾というミュージシャンが好きです♪知らないですよね?(汗)昔売れていた19の片割れです。
○犬遊び

犬好きです。というより、うちにいる犬が好きです。だって可愛いんですもん!(笑)専ら家で遊んでいるだけなんですけど、帰るとよくちょっかいを出しています。
新宿院 スタッフ 熊谷剛

熊谷剛 (くまがい つよし)
1981年6月
宮城県気仙沼市に漁師の長男として生まれる。
私がカイロプラクターになったきっかけは高校時代の部活動、柔道でのケガでした。
- 鍼灸師
- PAAC認定カイロプラクター
- 米国SORSI認定カイロプラクティックインストラクター
趣味

- ドライブ(東京は怖いっす・・・)
- 車(めざせ!ポルシェ)
- ビリヤード(19歳当時は本気でプロになろうかと悩む)
- ダーツ(部屋にボードを置いてしまった・・・)
- 運動全般(特に格闘技。今から始められる運動を模索中)
- 格闘技観戦(実際に見に行きます。)
- 読書(ビジネス書ばっかり。自分磨きで自己満足)
- ビール(朝からでも飲めそう 注:朝から飲んだことはありません。)
性格
- 典型的B型で凝り性、凝っている物意外はかなり適当。
- 一度興味を持つと人にそこまでやる!?と言われるところまでやる
- 一度興味を持つと何が何でもやりたくなる。
- 一度興味を持つと後に引けなくなる。
- かなりのマイペース
- 基本明るい
- 基本マジメ
- ほとんど適当
- よく喋るという人と無口という人に分かれる
取得資格等
- はり師 きゅう師
- パシフィック アジア カイロプラクティック協会会員
- PAAC認定カイロプラクター
- SORSI SOT BASIC インストラクター
- AFP(ファイナンシャルプランナー)
- 日商簿記3級
- 柔道二段
- 4級小型船舶操縦士免許
整体師ストーリー
私がこの仕事につくきっかけは高校時代の部活、柔道での怪我でした。
当時腰痛がひどく医師からは柔道を止められていました。(やっていましたが・・・) 座っているのも辛く悪いことをしたわけではありませんが自ら立って授業も受けたこともしばしば。ヘルニアは座っているより立ってた方が楽なんですよね。 高校卒業後、接骨院の先生になるべく専門学校へ行こうと思ったところ親からの反対によりあっさり変更。しかし、医療に携わりたかったので医療事務の専門学校へ。
そして2年の6月、ターニングポイントが。
病院での1ヶ月の研修でこの仕事は自分には向いていないと感じやはり治療家になりたいと強く思い親に相談。当然怒られましたがここで引かず卒業することを条件に親を説得。これが治療家への第一歩でした。
専門学校在学中、実習という名の鍼灸接骨院への就職。(朝6時?16時の勤務。朝早すぎですよね・・)ここで人を治療することの充実感を覚えさらにやる気アップ!
専門学校卒業後働きながら鍼灸学校へ。
骨盤矯正を教えてもらうも、まったく出来ず挫折。(後に古傷のため物理的にムリだった事が判明)しかし、その骨盤矯正の効果の高さに興味を抱き独学でカイロプラクティックを鍼灸と平行して勉強。
この頃は、世間のカイロプラクティックのレベルの低さと過信により独学で十分と思っていましたが、現在所属しているカイロプラクティック協会のセミナーに参加しレベルの高さに震撼し即時東京で勉強することを決意しました。
無事、鍼灸師国家試験を一発合格を果たし東京のカイロプラクティックスクールへ。
このカイロプラクティックスクールで現在使っているSOTの凄さに魅了され必死に勉強、練習。人生で初めて勉強が楽しいと思える瞬間でした。
厳しくも楽しい授業をなんとかこなし無事卒業。
このカイロプラクティックスクールでの講師の先生方や先輩方には本当に感謝しております。この学校に入ってよかった!ここで学んだことが今の私の基礎でありこの基礎があるからこそ日々高い技術を持って多くの患者様のお役に立たせて頂いております。今後も技術、サービスを向上させつつ皆様のお役に立てるよう頑張りたいと思います。
新宿院 スタッフ 清水和賢

はじめまして、新宿院の清水和賢です。 私の出身地でもある、三重の独特なゆるい訛りを生かして患者さんをゆる~く和ませられるような“楽しく優しく”をモットーに、治療に取り組んでます!
誕生

三重県の桑名に3姉弟の末っ子として生まれ、小さな頃から姉2人に怯えて暮らす毎日でした。小間使いならまだしも「2階から飛び降りろ」など、たまにあるムチャぶりは辛かったです… そんな中で育ったせいか、好きな色がショッキングピンクだったりヒーローものにあまり興味を示さなかったりで、よく女の子に間違えられ、母親には「あんたはあの頃オカマなのかもて心配してたんや」と言われました(;Δ;)
中学生
院長と同じく、スラムダンクに憧れてバスケ部に入部したものの、短距離は学年一でも長距離はビリな体力の無さだったので走り込みはとにかく辛かったです。 でも、姉2人もバスケ部だったので先輩にも特別扱いをしてもらえたりと、生まれて初めて姉がいて良かったなぁと思いました(笑)
高校生
父親が元ヒッピーのビートルズマニアだったので、小さな頃から音楽中心の生活でした。 1969年のウッドストック・フェスティバルの映像を見て以来、60,70年代の音楽に目覚めてしまい、来る日も来る日も父親にレコードを借りて聴き漁る毎日でした。 ただ、当時のお気に入りはジョー・コッカーやザ・バンドなど渋めな好みだったので話の合う友達がいなく、1人で黙々と楽しんでました。
専門学校
生まれて初めて身体が悲鳴を上げたのは大学一年の身体検査の時でした。
背筋力の検査で、めいっぱいバーを持ち上げた時にグキッと音がして腰に激痛が走りました。
その帰り道、腰の激痛に耐えながらバイクにまたがったものの、今度は降りられなくなり途方にくれました・・・この時に、身体の不調の辛さ、健康の大事さを知りました。 身体を良くしようとカイロプラクティックの治療院に通い出したのもこの頃でした。
短い時間の施術にも関わらず、終わると身体が見違えるように楽になることが不思議で興味を持ち、自分もこの技術を習得してみんなを楽にできるようになりたいと思い、カイロプラクティック専門学校の門を叩くことになりました。
大学と専門学校のダブルスクールは大変でしたが、本当に自分がやりたい事が見つかった事で、正直今まで勉強はあまり好きではありませんでしたが、この頃から知識が増える事への喜びというものに気付きました。←遅すぎますが…(笑)
卒業後
新宿、八王子、吉祥寺、日野と、いろいろな場所で経験を積み、一緒に働いていたスタッフと共同で開業もしました。開業してみて分かる事というのはたくさんありました。
一番感じたのは、カイロプラクティックというのは本来、人の持っている自然治癒力を引き出すために存在しているという、一番基礎になることを忘れていたように思いました。
「“ここ”が痛いから何とかしてほしい・・・」と言われ、その“ここ”の痛みを取ることに執着するあまり、カイロプラクティックの本質からはどんどん離れていってしまったと感じるようになりました。
売上的な不安要素は無かったのですが、今自分の進んでいる道はこれでいいのだろうか?夢とお金、どちらを取ればいいのだろう・・・いっそ別の道に進もうか・・・そう苦悩する日々が続きました。
そして苦悩し続けた結果、開業した治療院を辞め、一から勉強し直す事にしました。
こころ整骨院との出会い
そんな折、こころ整骨院のホームページに出会いました。内容を読めば読むほど、自分の目指す方向性はこうなんだよなぁと感じました。
そして、働く前に勉強会に参加し、こころ整骨院の理念を教えてもらいました。そこでは技術を習得・共有するために、ほかの治療院からも先生方がやってきて熱心に勉強をしてる姿が印象的で楽しそうで、こういう所で働きたかったんだと再認識する事ができました。
これからも止まることなく、たくさんの事を勉強・経験し続け、もっと患者さんに喜んでもらえるような施術家になりたいと思います。
趣味
- 二輪車
バイクと自転車が大好きです。 - 音楽
トム・ウェイツか、最近は誰も知らないインディーズバンドを聴いてます。 - 服
部屋の半分は着てない服で埋まってます… - つけ麺
昔は新店発掘に燃えてましたが、今はもっぱら高田馬場です。 - ボーっとする事
一日2時間は何も考えず何もしない時間が必要です。
特徴
- せっかちです。(待つくらいなら向かいます。)
「AB型の説明書」のまんまの性格です。(読んでて悲しいくらいまんまでした。) - 何を考えてるか分からないといわれます。(実際はいつもなんにも考えてません笑)ツッコミ気質です。(仕事中だけなんですけどね) スイッチが切れると抜け殻です。(プライベートはおじいちゃんみたいと言われます…)
持っている資格
- AJCA認定カイロプラクター
- 書道4段
- 大型自動二輪
新宿院 スタッフ 森谷有加里

【所有資格】
●アロマテラピスト2級
●AACP公認カイロプラクター
●健康管理一般指導員
誕生

はじめまして、新宿院の森谷有加里です。
岡山県の山奥で誕生。その後父の転勤で、生後20日で千葉へお引越し。
子供時代は、裏山で秘密基地を作ったり、民家の壁を伝って忍者ごっこをしたり…おしとやかに育てたい親の思惑とは真反対に、野性的な遊びばかりしていました。
中学生
吹奏楽部にてバスクラリネットを吹きつつお休みの日は柔道を習っていました。 吹奏楽も柔道も、とにかく体力が命。毎日120回ぐらい腕立てや腹筋をしていました。
高校生

中学校時代に憧れていた《演劇部》に入部。
音響をやったり、演出をやったり、魔女やリポーターを演じたり。
その一方で、バイトに精をだしていました。
朝4時半に起き→バイト→学校→部活→ バイト→外部の演劇集団で演劇の練習→寝るという生活をしていました。
でも当時の夢は何故か《漫画家》で、バイトで稼いだお金で漫画の道具を買いあさって、空いた時間で漫画を描いたりしていました。
素人の漫画のイベントに出たり、こっそり応募してみたりとか一番好き勝手に生きていた時期だと思います。
専門学生・社会人そして再び学生へ

漫画を描いていた友人と、絵に関する学校に行きたいね~。といった緩い感じで、デザイン学校のイラストレーション科に進学。
毎日毎日課題との戦いで、3日完徹で作品を仕上げたり一日中デッサンしてみたり、とにかく絵を描いて過ごしまくった結果、あっこりゃ私には無理だわ。もう絵はいいや…と、なってしまいました。
就職先も決ないまま卒業。その後、小さな広告代理店に営業として就職。
たまたま行った営業先で、経歴を話した所人手がないからとDTPオペレーターとして拾われたのですが…これがもの凄い職場でした…orz
まず、終電までの残業、休日出勤、長時間のPC作業が当たり前。
プライベート?ナニソレ美味しいの?状態。肩こりの悪化で筋肉弛緩剤を投与しての仕事、鬱になる人、いきなり叫んで、そのまま職場に来なくなる人…。
私自身も気力でなんとかもたせていましたが、毎日休み時間にクイックマッサージに行かないと,肩こりや酷過ぎて吐き気や頭痛がする。
眠眠●破とユン●ルがないと、まともに仕事ができない。
そんな環境で、私はこの先どうなるんだ?
と、思いつつ仕事をしていました。
そんなある日藁にもすがる思いで、地元にあった『カイロプラティック』を受けに行きました。
そこで治療を受けた所、久しぶりにマッサージを受けなくても仕事ができる程に、肩こりが楽になったのです。
今の仕事を続けていても、行き着く先は筋肉弛緩剤コース…
そんな将来で私は大丈夫なのかな?
それに頑張って働いてる人が、頑張りすぎて身体や心がおかしくなってしまうというのはどうなんだろう?
そういう人達を、何とかできる方法はないのかな?
あれ?カイロってもしかして、なんとかできる方法なんじゃないの?
ならば、この仕事をやってみたい!とりあえずチャレンジしてみるか!
そう思って翌週には退職届を出し、カイロプラクティックの専門学校へ通い出したのです。
学生そして卒業・就職・店長になって

学生時代は、コールセンター、マネキン等様々なバイトをこなし学費と生活費を稼ぎつつ、
学校に通っていました。
事情があって、休学・留年をしたので3年もかかりましたが何とか学校を卒業。
その後マッサージ店→矯正メインのお店→矯正、オイルリンパ店等をわたりあるきました。
その後、矯正メインの店に勤めていた時の患者さんが会社の新事業として、
整体事業をやるので店長として来ないか?
と、お声をかけて下さいました。
とてもいいお話だったので、少々なやみましたがお誘いに乗る事にしました。
ところが地震の影響で色々あり、事業を畳む事に…
患者さんも増え、これからという時にお店は閉店となってしまいました…。
そして現在
急な解雇によって精神的に参ってしまった私は、この先どうしていいのか分からない状態になっていました。
その頃ちょうど、自分の治療技術にも行き詰っていました。
元々私は、いわゆるボキボキ系の技術を主流に使用するカイロプラクターでした。
その方法で施術を行うと、一定のラインまではよくなるのですが目標とする身体まで到達する人としない人が、はっきりと出てくるんです。
それどころか、同じ人でも日によって結果が全く違う。
行っている施術にかわりはないのにです。
どうしてこんな事が起きるのか、解決の糸口さえ見つかっていませんでした。
目標も、治療も見失ってしまった私は、色々と疲れきってしまい治療家を辞めようかとさえ思っていました。
そんな時に、こころ整骨院を面接させていただける機会がありました。

実は店長時代に、こころに勤める同僚から話を聞いていて、興味があった為一度話をきいてみたいな。という旨を伝えてあったのです。
ここの面接が落ちたら、私はもうこの業種を辞めよう。
どうせどうしていいんだかわからないんだし…。
その位の覚悟で挑んだ面接でした。
ところが、オーナーとお話しをさせていただくにつれ、業界への情熱を思い出し、私の求めている答えってここの店あるのでは?と思いました。
そして無事こちらの店に受かり現在に至る訳です。
まだまだ勉強不足で、週1での勉強会だけでは足りないので仕事の合間に学校にも通い出しました。
今の所こころで唯一の女性治療家なので女性の視点で、皆様の力になれればと思います。よろしくお願いします。
趣味
- 居酒屋新規開拓めぐり
食べるのも飲むのも大好きなので、新しい土地に引っ越すとまずやるのが近所の店を リサーチして、片っ端から飲みに行く事!そこで美味しい店を見つけたら、友人が遊びに来た時に案内して「この店美味しい!」っていわせるのが大好きです。 - 部屋の模様替え
3ヶ月に一回は発作的に行ってしまう。 大掃除も兼ねて一日がかりで行います。終わった後はスッキリ! - 漫画
これは昔取った杵柄ですね。最近は時間がないのであまり描きませんが同じ趣味の友人も多いので、友人がコミケ等のイベントを取る時は参戦して、こっそり描いた漫画を置いてもらう事もあります。読むのも大好きなので、家には2000冊を超える漫画があります。 - クリアアサヒ君
発泡酒ではありません。弟の飼い猫です。弟が出張の際に、よく預かっていました。元ノラなのに誰にでも撫でさせるひとなつっこい子です。
今の家はペット不可なので、ペット可の物件に引っ越してクリアアサヒを引き取るのが目下の目標です。この子のせいで、イヌ派からネコ派になりました。でも、新宿院はイヌ派ばっかりなのでさみしいです。
新宿院 スタッフ 小川響也

はじめまして、こころ整骨院
新宿院の小川響也です。
人が喜ぶ顔を見るのが好きで、
自分が喜ぶのはもっと好き!!
治療を通して患者さまとの、笑顔と豊かさの輪を
広げていきたいと想っています。
誕生

母の故郷静岡県榛原郡(現・牧之原市)で小川家の長男として生まれ、
埼玉県戸田市で育ちました。
愛想だけは良く、知らない人にもすぐに話しかけ、
遊び相手になってもらっていたので、警戒心のない私に母は内心ひやひやしていたそうです。
両親は共働きで、祖母に育てられた生粋のおばあちゃん子でした。
実は、治療師になったのは祖母の影響なのです。
祖母は心臓病で身体も弱く、つらそうにしていたとき、何とかしてあげたいと思い、
子供ながらに一生懸命に肩もみをしました。
その時祖母が「ありがとう気持ちよかったよ、楽になった」と喜んでいたことが
とてもうれしかった。その想いがきっかけとなりました。
中学生
初めて、自分の身体を痛めたのは中学2年の頃。
運動音痴だった私は、体育の跳び箱で思い切り踏切板を蹴った瞬間、
腰がグキッとイキまして…
整形外科でレントゲンを撮ってもらったところ、
腰の椎間板がつぶれていると診断されました。
コルセットをしたり、電気治療をしたり、痛み止めの注射をしたり、
痛みが取れるまでは3カ月ぐらい苦しんでいました。
そんななか一番効果があったのが
『座るときの姿勢を正す』こと、でした。
正しい姿勢って、ホントに大事なんですね。
高校生

華の高校時代。部活の掛け持ちで超多忙な毎日でした。
名前だけで入ったプロレス研究会でデビュー戦で骨盤剥離骨折!!そして引退。学園祭にはじめて救急車を呼ぶという歴史を創りました(笑)
そのほかに、時代劇部、ゲーム部、有志演劇、文芸部、新聞部。学校外では環境ボランティア活動等々、
とにかく動きまわっていました。
専門学校時代

父の知り合いで、赤羽の整体院の先生に推薦状を書いていただき、長生学園に入学。
学生時代は、とにかく自分の好きな事をやれるということで、試験前の徹夜もなんのそのでした。
基礎的な指圧と整体の技術を身につけ、成長していく自分を感じれたのがうれしかった時期ですね。
この頃、初めて親から離れて、大田区蒲田で友人とルームシェアをしていました。
アルバイトは宅配ピザのドライバー。
当時常連だった焼とん屋台の大将には、
悩みや相談を聞いてもらったり、
人生訓や道徳を教えて下さったり、おごって下さったり、
とてもお世話になったナァ。
卒業後

赤羽の先生のご紹介で、さいたま市の整体治療院で
修行させていただきました。そこでは、技術だけでなく、
社会人の心得や礼儀作法、言葉づかいと、
とても厳しい院長でしたが、お子様だった私をいっぱしの社会人にまで
持ち上げてもらいました。(まだまだ未熟ではありますが…)
25歳で結婚(実は妻は元患者さんです(笑))、平成23年7月に長女が生まれ、プライベートでもハッピーハッピーな日常でした。
ただ、その一方で人生の思い悩みの時期でもありました。
治療の技術をもっと磨かねばならない。
共働きはできなくなったので、妻と子供を食わせていかねばならん!!
しかし、その為にはどうしよう…
葛藤の末、私が選んだ道は転職でした。
そして、求人募集を調べたときに『こころ整骨院』の名前を知りました。
HPの治療風景の動画を見た時、当時私がやっていた施術とは全く真逆の
手技に衝撃を受け、しかも患者さんの身体がみるみる変化していく…
「なんだ、これは…?」
びっくりしたと同時に、もし自分も同じことができたら…と考えていました。
すぐに、オーナーの熊谷先生と面接をさせていただけることになり、その時の熊谷先生のお話、考え方、夢、目標、情熱に感動し心打たれました。
『人には自然治癒力が備わっている、身体を治すのはその自分の力であって、私たちはその環境づくりをしているのだ』
この、当たり前のことを忘れかけていました。
どこかで、「自分が治してやっているんだ」という思いがあったことに気付いたのです。
おかげさまで、こころ整骨院で志の高い皆様と一緒に頑張っていける道をいただけました。
来て下さる患者さまがハッピーな気分になっていただけるよう、治療に取り組んで参ります。
趣味

ダーツ競技 : かれこれ6年ぐらいやっています。オーナーの熊谷先生と同じく、家にダーツボードと専用の台まで買っちゃいました。あまりにもはまりすぎているので、来年は真剣にプロライセンスを取ろうか、なんて考えています。
お酒 : ちなみに、下戸です(笑)でも、お酒は好きなんです!! 特に日本酒とビールですね。本場ドイツの白ビールを飲みたい!! ちょっと前は芋焼酎、最近はバーボンにハマってます♪
読書 : 買うものが多くて、しかも捨てられない性分なので、妻に怒られます。
読んでない本があるのに、買ってしまうんです…
水泳 : 身体のメンテナンスは、水の中でたゆたうに限ります。考え事があるときは、ロングでゆったり。調子がいいとどこまでも泳いでます。でも最近、娘が生まれてから行けてないんです(涙)
娘に遊んでもらう : 完全なる親バカです(笑)勘違いしないでください、遊んであげるんじゃないんです、私が遊ばせてもらってるんです!! 水泳なんか行ってる場合じゃない!!

特徴
- 頭がツンツンしてます
- ロボットみたいな動きをしていると言われます(本人は気付いていません)
- 嗜好はおじさん臭いです(加齢臭はしません!!)
- 滑舌が悪いようです(よく、聞き返されます)
- 忘れっぽい(人の話を聞いていないと言われます)
- 日本語が変です(敬語とか丁寧語の使い方って難しいですよね…)
持っている資格
- あんま指圧マッサージ師
- 日本赤十字水上安全法・救助員
- 日本テーピング協会「モパラボ症状別セミナー」修了
- 患者満足推進協会「心理カウンセリングセミナー」修了




















